零れ落ちる前に。

その時々感じたことを、零れ落ちる前に。

SeasoningS「ワタシと踊りなさい!」という怪曲について。

BEYOOOOONDSの2ndシングル「激辛LOVE/Now Now Ningen/こんなハズジャナカッター!」通常盤Bに収録されているSeasoningSの「ワタシと踊りなさい!」という曲が最高すぎる。もうこの曲を聴く前の自分にはもう戻れない。世の中には二種類の人間しかいない。「ワタシと踊りなさい!」を聴いた者か、聴いていない者か。そう言っても過言じゃないほどにBIG LOVE。

 

激辛LOVE/Now Now Ningen/こんなハズジャナカッター! (通常盤B) (特典なし)

 

 

 

BEYOOOOONDSというグループの面白いところは、12人のメンバーがそれぞれCHICA#TETSU、雨ノ森 川海、SeasoningSというユニットに所属しているところ。というか3つのユニットが集合した合体グループなのだと公式のプロフィールに書いてある。そのコンセプトを活かしきれているかというと微妙なところだが、大所帯のグループと小規模のグループを同時に楽しむことができるという点では妙案だ。過去のハロプロのアルバム曲にユニット曲は存在したが、こちらはちゃんとグループ名がついており、一度限りではなく毎作品継続しているので、確かに差別化できている。

 

また、ユニットごとにコンセプトやカラーが全く違うところも面白い。CHICA#TETSUは超王道のカワイイ系アイドルで、「地下鉄」という名の通り電車や駅に関連する曲で一貫している。都営大江戸線六本木駅、高輪ゲートウェイ駅、横浜駅西口...と少しニッチな選考ながら、日本一深い駅と「深い愛」を掛けたり、変な駅名で批判があったことをBEYOOOOONDSの歴史と絡めたり、常に工事中の横浜駅と二年間の心情の変化を重ね合わせたりと、巧みな手腕で毎度唸らされる。歌詞のセンスもさることながら、昭和歌謡やシティポップをオマージュした曲調、ピンクにフリフリの衣装、甘くて萌える振り付けなどなど、アイドルファンなら必ず食いつくポイントが凝縮されたユニットなのだ。

 

一方、雨ノ森 川海は全く正反対の路線。ダークで病んでいて剥き出しな感情を露わにするような系統だ。これは作詞作曲にシンガーソングライター兼アイドルグループ・ZOCのメンバー*1である大森靖子が携わっている影響が大きく、アイドルで分類すればZOCやBiSHと同じ位置にカテゴライズされるユニットとなる。後に巫まろとしてZOCに加入する福田花音が2曲目の作詞に携わったのも偶然ではないと思う。〈ってか なんか ってか なんか ってか "なんか"のニュアンスわかってよ〉と、言葉になる前の感情をそのまま外にぶちまけるような曖昧表現は雨ノ森 川海のコンセプトの核であり、歌の音域の広さと激しく歪んだ楽器が感情の機微を表象している。新曲「ヤバイ恋の刃」はこれまでの路線から一転し、「BEYOOOOONDS的」な路線へと向かったが、個人的には大森路線を支持しているので、これからどんなユニットになっていくのか注視したいところである。

 

そんな正反対な二大巨頭と並ぶことになった第三のユニットが、平井美葉、小林萌花、里吉うたのらから成るSeasoningSだ。加入からしばらくはユニット名が存在しなかったが、今年の一月になってついに決定した。

 


3人へのお知らせ【BEYOOOOONDS】

 

「季節」を意味する「SEASON」には「~に味をつける」という意味もあり、「SEASONING」で「味をつけるもの」、「調味料」という意味になります。
メンバーの得意なスキルによって、パフォーマンスに美味しい味をつけてほしい、グループに鮮やかな彩(いろどり)を加えてほしい。という願いを込めました。

BEYOOOOONDS:プロフィール|ハロー!プロジェクト オフィシャルサイト

 

ハロー!プロジェクト“ONLY YOU”オーディション」の合格者である彼女らは、普段より年齢幅の広いオーディションの基準のためか、全員が18歳という高年齢。そのため、「ハロプロのしきたり」に染まっておらず、うまく「外」の空気を持ち込むことに成功し、グループの成長を早める促進剤として機能したように思う。また、小林は音大在学のピアニストとしてのスキルをグループの楽曲に活かし、平井・里吉は特技のダンスに加え、正反対といえる特徴的な声質を用いて楽曲の幅を広げる役割を担うなど、「スキルメン」としての貢献度も高い3人なのである。

 

デビューシングルでは先に名称が決まっていたCHICA#TETSU、雨ノ森 川海の曲しか収録されなかったが、その3ヶ月後に発売された1stアルバム『BEYOOOOOND1St』で満を持して発表された持ち曲「We Need a Name!」は、3人のキャラクターが完璧に反映された見事な一曲だった。

 

We Need a Name!

We Need a Name!

  • 平井美葉・小林萌花・里吉うたの
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

「名前がない」ことを逆手に取って、〈名前がほしいのよ〉と歌うメタ全開な曲。 一歩間違えれば自虐に捉えられかねない手法ながら、目まぐるしく展開するミュージカル調でコミカルに描き、3人の歴史と現在地と未来を生き生きと歌わせることで、カラッとした一曲に仕上がっている。平井の低音域、小林の中音域、里吉の高音域といったように、声質の違いがハッキリしており、3人組ユニットとしてのキャラ立ちが既に完璧なのもポイントだ。

 

初ステージとなった「LIVE BEYOOOOOND1St」Zepp DiverCity公演にて、グランドピアノを弾く小林と、背中合わせになる里吉、二人を真っ直ぐ見つめて歌う平井の構図はいまも脳裏に焼き付いているし、その神秘的なシルエットのあとに展開されるドタバタ劇は非常にユニークで愛おしい。まるで「トムとジェリー」を見ているときのような穏やかな眼差しを向けてしまう。

 

そんな一曲目を経て、ついに名前を得た彼女らがこれをお蔵入りにするかというと、きっとそんなこともなく、〈名前がついたのよ〉なり改編して歌い継いでいくのだろう。そんな近い未来に期待を寄せながら、一年越しに解禁された二曲目「ワタシと踊りなさい!」は更にユニットの個性を際立たせる天才的な一曲だった。

 

ワタシと踊りなさい!

ワタシと踊りなさい!

  • SeasoningS
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

平井・小林・里吉の3名による楽曲は、「いいね」「未来」「空気」が主人公のミステリアスチューン。現役音大生の小林萌花が演奏するホンキートンクピアノも聴きどころ。

UP-FRONT WORKS

 

 

妖しげで摩訶不思議な音楽に乗せて、「いいね」「未来」「空気」という「概念」に3人が扮して歌うというなんともユニークな曲。頭の「ワ・タ・シ・と・踊りなさい!」で一気に引き込まれ、ミステリアスな世界を旅する3分間は、まるでディズニーのアトラクションに乗っているかのようだ。聴けば聴くほど中毒になり、購入してから数日でトリコになってしまった。

 

小林が挑戦した新たな楽器・ホンキートンクピアノとは、調律をわざとずらし、メロディよりもリズム感を重視した特殊なピアノだそうだ。ズレた音程がもたらす愉快さとちょっぴり滲んだ悲哀は聴いていて癖になる。不勉強のため具体例を明示することはできないのだが、最初このホンキートンクピアノと妖しげなコードを聴いたときに浮かんだのはディズニー音楽*2だった。イメージでしかないが、初期のディズニー映画やホーンテッドマンション、アトラクションのタワーオブテラーなど、幼少期には絶対触れないようなホラー色のある作品群を連想した。

 

しかし、自分の聴いてきた音楽を掘り下げていくと、どちらかというとマリオ系のゲームミュージックが自分の抱いた印象と合致するような気がしてきた。ルイージマンションスーパーマリオRPGなど、少し危なげな匂いのする作品で使われるBGMは、幼心にはトラウマを植え付ける。しかし、そのトラウマが年齢を重ねるにつれてフェチに転換し、今ではホラーテイストのゲームミュージックを聴くのが大好きに。そんな嗜好性と、ホンキートンクピアノをベースとした「ワタシと踊りなさい!」の雰囲気がピッタリ合致したのである。

 

オンラインライブやリミスタサイン会で「苦戦した」とコメントしていたが、彼女の腕前に不安感は全くなく、バッキングはもちろん間奏のソロパートはまさに逸品。ボルテージが最高潮に到達したところで平井のパートに移るという最高のバトンタッチだ。作編曲の松浦雄太が編成した全体の妖しい空気感は、小林のホンキートンクピアノを最大限に活かすために整備されている。

 

 

アプカミで小林のピアノRECが早速公開!仕事が早い!

 

 

 

 

また、この妖しげな音楽に乗っている歌詞もユニークで惹きつけられる。

 

小林=「いいね」、里吉=「未来」、平井=「空気」にそれぞれ扮しているのだが、これらの概念は現代を生きる多くの人間にとって不可欠な存在だ*3。承認欲求、自己実現欲求、社会的欲求*4にそれぞれ関与しており、〈バカにしないで〉と彼らもしくは彼女らが怒っているように、「アナタ」と切っても切り離せない存在だと主張している。作詞:星部ショウはユニークな世界観をたくさん創出してきたが、今回の世界観は群を抜いて摩訶不思議。それでいて、誰もが共感するテーマを詞に落とし込んでいるところはさすがである。

 

また、「平井のパート」と先述したように、この曲が面白いのは、3人の出番がブロックごとに均等に配分されているところだ。

 

 「概念の主張」という見せ方のため、小林パート、里吉パート、平井パートという順に展開され、他二人が壇上の一人の主張を支えるという構成により、歌割的な美味しさはもちろん、一人ひとりの主張がより明快になっている。「3人のキャラクターに扮する」と報じられたときは、全員がぶつかり合う構成になると思っていたし、そういうパターンの曲は世に多く存在すると思う。しかし、「ひとりずつ叫ぶ」という方式がかえって新鮮で、皮肉たっぷりに「アナタ」を挑発しながらも〈この世界に生きる仲間として〉一緒に踊ろうと寄り添ってくれる概念たちの存在がより鮮やかに浮かび上がってくるのである。

 

演劇女子部や楽曲を通して様々な役を演じてきた彼女の技術があったからこそ可能になった「概念役」はそれぞれ見事にハマっている。〈誰からなんて 二の次なのね〉とSNSの本質を突く小林萌花 as 「いいね」は淡々としたトーンで事実を突きつけるが、〈バカにしないで〉で怒りをぶつけることで、人間に諦念を抱きながら一緒に踊ってあげようという心情が見られる。里吉うたの as 「未来」はハスキーで毒気のある歌で突き放しながらも、〈悲しくて 苦しくて 辛そうなアナタ〉と涙を浮かべながら手を差し伸べてくれる姿が目に浮かぶ。平井美葉 as 「空気」は宝塚スターのような気品を纏い、切実な思いで「アナタ」に向かって訴える。平井については、星部と共にコーラスも担当しており、曲や主張の空気を支える全体的なバランサーとしても機能し、まさに「空気」そのものだ。

 

このように、たった3分間の中で、キャラクターの個性を見事に表現することができている。これは、作詞家や作編曲家の力もあるが、SeasoningSの3人の能力あってこそ。「We Need a Name!」で見出されたそれぞれの魅力的な人間性と、それらが絡み合ったときに出来上がる空気感が的確に抽出されたからこそ、この楽曲が生まれたのだと思う。他のユニットや、BEYOOOOONDS全体で歌うことになったら全く異なるカラーになるだろう。それはそれで面白いだろうが、「SeasoningSにしかできない」と思わせてくれる楽曲を完成させてくれたことを、まずは祝福したいと思う。

 

 

音源だけでも既に高い完成度を誇っているが、彼女らはライブアイドルなので、リリースされただけでは「完成」しない。ライブでパフォーマンスしていくうちにどんどん味わい深くなっていくのだろう。小林がホンキートンクピアノを実演するのだとしたら、この難曲を歌いながら乗りこなしてくれるのか。一人ずつ主張する際、どのようなステージングになるのか。里吉、平井はどのようなジャンルのダンスを見せてくれるのか。世界観を創るために重要な衣装はどのようなものになるのか。きっと私の想像を軽々飛び越え、魅了してくれるはずだ。SeasoningSにまんまと踊らされるその日を心待ちにしたい。

 

 

 

【買ってほしい】

 

recochoku.jp

 

・インストも収録されている通常盤Bを購入するのがおすすめ。ほのぴのホンキートンクピアノが堪能できるよ。

  

 

 

 

 

【合わせて読みたい】

 

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*1:「共犯者」と書くのが最適だが、説明に尺を要するため「メンバー」とした

*2:ちなみに小林と里吉は先日のリミスタで「ボカロっぽい」と発言していた。確かに。

*3:「未来」「空気」という誰もが知る存在より先に「いいね」が来るのが現代的すぎるし、「いいね」がトップバッターだからこそ「2021年の曲」として際立っている

*4:この歌詞で描かれている「空気」は、気体の方というより志向のありかた・雰囲気の方の「空気」を指している。〈もしも私のことよく見えたなら この世界はより良くなりますか?〉という問いかけは「読む」方の「空気」を指すからこそ成り立つからだ。