零れ落ちる前に。

その時々感じたことを、零れ落ちる前に。

僕もまた、永遠の繭期に閉じ込められる。 #はじめての繭期2020 で理解したこの世界の終わりなき魅力について

僕が繭期を知ったのは『LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇-』という作品が最初だった。「ハロプロは演技もできる」。彼女らのストイックなチャレンジ精神に感銘を受ける日々だが、歌唱もダンスも表現力もハイレベルなのに、演技力という武器まで持ってしまったらどうなってしまうのか、という戦々恐々の思いで初舞台を観た。

 

死んだ。

 

な、なんやねんこの重たい舞台...。噂には聞いていたけどとんでもねえ...。

 

これはマジな話ですが、1週間鬱々たる思いを引きずるくらいの衝撃を受けた作品だった。「ハロメン演技もできるんだ!スゲ~!」という無邪気な感想を呟く予定だったが、作品の世界観にこれ以上浸かりすぎると、精神に異常をきたしてしまうんじゃないかと思うくらい、得体のしれないエネルギーを持った物語だった。

 

 

 

1年前の初見時は、物語よりもキャストの演技に着目している様子が窺える。物語はTRUMPシリーズと合わせて鑑賞することでより深みを増す、という情報はこの時点で手に入れていた。しかし、踏み入れなかった。なんとなく、危険な香りがした。「この先に踏み込んだら麻薬的快楽が待っている」という予感は、快楽よりも「中毒者になってしまう」という恐れを強く嗅ぎ取り、僕の心を遠くへ逃した。まるで永遠のクランから脱走しようと試みるヴァンプのように...という気色の悪い文章からわかるように、作品の外にいる僕も十二分に繭期を罹患していることが見て取れる。繭期とは恐ろしい病気だ。

 

さて、時は2020年7月。『はじめての繭期 2020』という企画が5日間にわたって催された。TRUMPシリーズの作品群の中から厳選された数作が無料公開されるという、その名の通り「ご新規さん大歓迎」な企画である。ちょうど同時期、U-NEXTがポニーキャニオンと結託したかのように、『LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇-』の1ヶ月限定配信を始めた。「お前もはやく繭期拗らせろ」。誰かの言葉に導かれるように、僕は今度こそ、クランの扉を叩いた。

 

news.ponycanyon.co.jp

 

 

2日目の『グランギニョル』は残念ながら見逃したが、『TRUMP』『SPECTER』『マリーゴールド』を鑑賞し、再度『LILIUM』の世界に訪れて終わるという、繭期探訪記。可能な限りネタバレを避けて感想を記すという、このシリーズでは結構無茶な試みをしつつ、熱はそのままに思いを溢していきたい。

 

 

 

 

演劇女子部 ミュージカル「LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇-」 [DVD]

 

 

 

 

 

シンプルな土台の上で広がる世界

 

『LILIUM』の閉じた箱庭の物語がどのように広がるのだろう?と疑問に思っていたが、それこそ黒幕の、もしくは脚本家の思う壺だった。箱庭に閉じ込められていた彼女達と同じように、僕も外の世界を知らない操り人形だったのである。『TRUMP』『SPECTER』『マリーゴールド』と鑑賞する内に、みるみる世界は広がっていき、単体では理解できなかった点と点が、見事に一本の線を結んでいった。

 

僕はファンタジーをあまり見ないタイプの人間だ。ファンタジーは僕たちの生きる世界とは異なるため、説明を聞かなければわからないことがどうしても多くなる。その説明を聞いている内に、退屈すぎて涅槃像してしまい、飽きてしまうのだ。しかし、TRUMPシリーズの、魅惑的で幻想的な世界には、不思議と自然に入り込むことができた。それはおそらく、この物語が至ってシンプルな土台の上にあるからだと思う。

 

・この世界には、人間種以外に吸血種(=ヴァンプ)が存在する

・ヴァンプには繭期という危険な時期があるため、その期間はクランという教育機関に送られる

・人間種とヴァンプが交わり生まれた禁忌の混血種をダンピールと呼ぶ

・ダンピールはどちらの種族からも蔑まれ、忌み嫌われている

・ダンピールは短命である

・この世界のどこかに、TRMP(=TRUE OF VAMP)と呼ばれる、永遠の命を持つ存在がいる

・ヴァンプの血を持つ者が同種族を噛むと、イニシアチブを掌握でき、意のままに操ることができる

 

 

以上が、この世界を形作る基本要素である。察しの良い方はお分かりかもしれないが、短命のダンピールと永遠の命を持つTRUMPという相反する存在が物語を大きく動かす推進力となっている。この推進力が、やがて最悪な連鎖を引き起こし、想像し難い悲劇に結実する。そんな黄金パターンが、手を変え品を変え生み出され、毎回新鮮な苦しみを生むのだ。鑑賞者はよく「地獄」と表現しているが、「地獄」という比喩では足りないくらい、形容しがたい痛みを必ず最後に残してくるのがこのシリーズだと思う。しかしそれでも、どこか神秘的で蠱惑的な美しさや、救いの無い結末を辿ってしまうヴァンプや人間達の愚かさに惹かれ、強い生命力を感じ取り、痛めた全身を引き摺りながらもこの世界に戻ってきてしまうのだ。

 

 

 

作品を超えた「名前」の連鎖

 

この世界に何度も訪れたくなる理由はもうひとつある。それは、「名前」というわかりやすくも重要なギミックのせいだ。

 

核心に触れやすいトピックになので外枠をなぞりまくる形となるが、触れない程度に説明すると、この作品群は登場人物の「名前」が大きな意味を持つ物語だということだ。当初僕が知っている世界は『LILIUM』だけで、リリー、スノウ、マリーゴールド、ファルスといった名前には花言葉以上に深い意味はなく、各々がごく普通に名付けられた記号としか見ていなかった。

 

しかし、シリーズの蓋を開いてみると、恐ろしいほどに気持ち良く、「名前」で物語が繋がっていった。そして、その「名前」の意味を知れば知るほど、ひとつの物語の深みが一段と増す。世界にうっすらとかかっていた靄のようなものがみるみる晴れていき、真実が顔を出す。しかも、これを見たからこれの印象が変わった、という程度の、一対一の単純な図式ではない。複数の作品が多層的に絡み合い、それぞれの印象がみるみる変化していくのだ。元から決まっていようが後付けだろうが関係なく、相当練らないと不可能な芸当を、10年かけて実行し、次の10年もなお続けていく。続けば続くほど各作品の面白さが増していくのだから、そりゃ何度も足を運びたくなるに決まっている。

 

『TRUMP』『SPECTER』『マリーゴールド』の世界を訪れ、『LILIUM』に戻ってきたとき、僕の知っていた少女純潔の世界は、全く異なったものになっていた。どれもこれも、目に見えていたものは、ただの表層に過ぎなかった。こうして真実を知った上で、また『TRUMP』を見る。変わる。『SPECTER』を見る。変わる。『マリーゴールド』を見る。変わる...。この循環構造に閉じ込められた僕は、もう抜け出せない。僕もまた、作中の人物のように、「永遠の繭期」に閉じ込められる。

 

そして現状、この物語は「正当な完結」に辿り着いていないと思われる。いつ描かれることになるのかは分からないが、そこに辿り着くまでに更なる要素が幾層も用意されることになるだろう。そうなると結局、また過去作を何度も見返すことになる。そうやって、少しずつ少しずつ世界の輪郭を把握していくのだ。真に全てを理解できる日は果たして訪れるのだろうか。

 

 

舞台作品である意味

 

最後に、この作品の魅力は、舞台作品という形態だからこそ真価を発揮できると思う。

 

レベルの高い役者陣だからこそこの作品の世界を創り上げられるのだ、という基本線は勿論として、演出家の末満健一氏の仕掛けたギミックはそれ以上のものを作り出している。ただ、ここからは実際に作品を観たわけではないので、「こんなすごいこともしてるらしいぜ!」という又聞きを記す程度とする。

 

そのギミックのひとつは、別の役者による再演やシンメとなる役同士を交換するREVERSE公演を、ただ演じさせるだけに終わらないこと。再演やREVERSE公演は、初演の代用品ではない。もう一度やる意味を物語上にしっかり付与するというのだ。

 

例えば、主役が味わった苦しみを、別公演では相方の方が味わう。最初は看取る側だった者が看取られる側になる。立て続けに観ると、まるで先ほど感情移入していた人物が輪廻転生してしまったかのような錯覚を覚えるという。

 

他には―これはややネタバレになってしまうが―各作品に共通して登場する人物を、様々な役者に演じさせることで、そのキャラクター造形を良い意味で有耶無耶にしてしまうという手法も取っている。この人物の芯は一体どこにあるのか?翻弄されながら、理解を試みるも、最後は決まって苦しくなる。「彼」がこの牢獄から解き放たれる時は来るのか。いつか物語がひとつの幕を下ろす時が訪れるとして、「彼」を演じるのは誰になるのか。再演するたびに役者が異なる点も、そのいつかに対する良いエッセンスになっている。

 

 

また、舞台を大いに盛り上げる音楽も重要だ。台詞が主な舞台作品も、歌唱が主なミュージカル作品も、演劇女子部作品の音楽もよく手掛けている和田俊輔が担当する。『はじめての繭期2020』の最終夜に配信された「繭期夜会」の際、軽めのライナーノーツを連投していたが、この人無くしてはTRUMPシリーズは成り立たない!と断言できるほどの鬼才っぷりを改めて感じた。

 

ここまで考えて曲を書いてる音楽家ってやっぱ凄いな...

 

4作鑑賞した中で、僕がもっとも好きな作品は『マリーゴールド』だったのだが、その理由はミュージカル作品として完成度が高いと思ったからである。微笑ましい楽曲も、胸を引き裂かれそうになる楽曲も、ジャンルレスに鳴らされ、ステージを大いに彩る。その彩りを更に際立たせる役者陣の歌声は、一瞬たりとも聞き逃したくないほどに圧倒的だった。宝塚と喉で殴り合う田村芽実はもちろん、東啓介という奇才にまた驚かされ、彼らの歌声が生む大きな渦に飲み込まれて、更に繭期の世界へと深く沈んでいくのであった。楽曲の音源化が未だ実現されていないのが残念すぎる。『LILIUM』のように無限に聴いていたいのに。

 

 


ミュージカル『マリーゴールド』キャストパレード

 

 

 『LILIUM』『マリーゴールド』はミュージカルなので歌唱メインだが、純粋な舞台作品である『TRUMP』『SPECTER』の音楽も印象深い。和田氏と共にシリーズを通して登場する新良エツ子氏の圧倒的なボーカルが、この世界の神秘性を底上げする。

 

TRUE OF VAMP

TRUE OF VAMP

  • provided courtesy of iTunes

 

輪廻夜想

輪廻夜想

  • provided courtesy of iTunes

 

 

最も衝撃を受け、頭から離れなくなった楽曲「ライネス -theme of TRUMP-」はこのシリーズに不可欠だ。 一度再生すると、瞼の裏には燃え盛る炎が映るし、耳には張り裂けんばかりの絶叫が響き渡る。

  


合唱「1万人のライネス」練習用動画

 

 

また、「この舞台を観た人にだけわかるとある歌の再利用」を行うという、ますます全作品を通しで鑑賞したくなるギミックも過去にあったとか。楽曲さえも、作品間を渡り歩き、連鎖していくのである。

 

 

 

『LILIUM』から『黑世界』へ

 

『はじめての繭期』最終日、特大のサプライズが待っていた。僕はちょうど、その瞬間にリアルタイムで立ち会うことができたのだが、「あれ、このあらすじってまさか...まさか...?」とざわざわし始めたところに、鞘師里保 主演」という文字がデカデカと掲げられ、卒倒しそうになった。あまりにも自分にとって絶好のタイミングで、鞘師が繭期に帰ってきた。鞘師里保モーニング娘。所属時代に主演を演じたリリーの、止まっていた時間が再び動き出す。

 

『LILIUM』にはじまった繭期探訪は、世界の解像度を高め、より魅力的なものに変えてくれた。だが、唯一心残りだったのは、いずれも生で観劇できていないことだ。アンジュルム船木結ちゃんと笠原桃奈ちゃん(通称ふなっさー)の2人が、観劇後に重度の繭期を疾患したように*1、僕も直接五感で味わえば、もっともっとのめり込めるのではないだろうか。黑のドレスコードで、いつか舞台へ赴きたい。そう思っていたところの、『黑世界』。これは天啓ではないか。

 

末満氏だけでなく、6名の作家陣が参加し、新たな展開を見せるTRUMPシリーズの最新作、『黑世界 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~』。音楽朗読劇と、作家陣の参加と、『LILIUM』世界の拡張は、どのような景色を見せてくれるのか。直接観劇することで、この世界の終わりなき魅力をさらに広く深く発見していきたい。そしてそれと同時に、未見の過去作も追うことで、ひとつひとつの世界への理解も深めていきたい。相当時間がかかるかもしれないが、まあいいや。僕には時間だけは幾らでもあるから。それこそ永遠に。

 

 

trump2020.westage.jp

 

 

 

【鑑賞作品】

 

・『TRUMP』~TRUTHバージョン~(NAPPOS UNITED製作、2015年)

nappos.shop-pro.jp

 

・『SPECTER』(Patch stage vol.6、2015年)

 

Patch stage vol.6 「SPECTER」 [DVD]

Patch stage vol.6 「SPECTER」 [DVD]

  • 発売日: 2015/05/20
  • メディア: DVD
 

 

・『マリーゴールド』(2018年)

 

ミュージカル『マリーゴールド』 [DVD]

ミュージカル『マリーゴールド』 [DVD]

  • 発売日: 2018/11/28
  • メディア: DVD
 

 

 

*1:

ameblo.jp

『LILIUM』をいつか再演して船木結ちゃんを出してあげてくれ。出演メンバーと繭期会した挙句衣装着させてもらうくらいのトップオタだから...。