零れ落ちる前に。

その時々感じたことを、零れ落ちる前に。

赤い公園が大好きです。

5月28日(金)16時。俺は中野サンプラザに向かっている。これから赤い公園のラストライブが行われるらしい。そう、「らしい」。現実味がない。解散発表されてからここまで一瞬だった。チケットを確保できたのはとてつもない幸運だったし嬉しかったが、喜びよりも腑に落ちた感覚といった方がしっくりくる。「向き合え」と言われているような、そんな感覚。

 

 

半年前に遡る。いつも通り仕事をし、昼休みに入り、Twitterを開いた。TLの様子がおかしかった。ハロメンの卒業発表があったのか?にしても大体22時じゃないか?昼に動揺する知らせってなんだろう。「泡沫」とか「ソラシド」という文字が見えた。次に、目を疑うニュースが並んでいた。

 

 

津野米咲さんが、死んだ。

 

死んだ?

 

 

よくわからなかったし、今もよくわからない。夢にしても厳しすぎないか?頭は混乱し、動悸が激しくなった。トイレに座り込み、ただただ画面を見つめていた。

 

そのまま帰っても良かったのに、よく仕事を終わらせることができたな、と思う。いや、手は全然動いていなかった。あのペースで仕事するなら早退すればよかった。変に真面目なせいで仕事を切り上げられなかった自分に失望した。仕事なんて優先順位は一番下だろ。身を滅ぼしてまですることじゃない。とはいえ、自分は壊れていたわけじゃなく、ただただ混乱していただけで特段不調なわけではなかった。

 

家に帰り、風呂に入って、初めて夢じゃないことに明確に認識した。なんで、と思った。

 

俺は別に自殺否定派ではない。でも、やっぱり、好きな人が亡くなるとなると、無理だった。時間を巻き戻し、歴史を書き換えてでも否定したいと思った。だけど、俺は米咲さんの友達でも何でもない。ただのファンだ。筋金入りのファンってわけでもない。内面もそこまで知らない。ただただ、彼女のKOIKIでPOPでいなたいビートに支えられていただけの、見知らぬ人間。何もできない。初めて、少し、希死念慮を知った。

 

グリーフケア」という概念を知り、喪失体験との向き合い方を考え始めた。が、他の人の事例を呼んでもしっくりこなかった。家族や友人が亡くなったわけでも、見知らぬ芸能人の訃報を目にしたわけでもない。

 

「好きな芸能人の訃報を聞いて自分ごとのようにつらかった」と友人に伝えたとき、「わかる、つらいよね〜。ニュース見て辛くなるもん」と、時事ネタのひとつみたいに扱われたのがつらかった。このつらさは一過性のものじゃない。家族や友人の喪失と変わんないんだよ。と、主張してみたかったが自分は身近な人間を失った経験がない。高校の時に他界した祖父は、1年半近く寝たきりだった。ずっと死の臭いがしていたから、ショックだったけど、そこまで落ち込まなかった。葬式でうたた寝してしまったくらいの薄情な人間だから、悲しみの感情が抜け落ちているのかも。

 

米咲さんの訃報を受けてから今日まで、この件に関して一度も泣いていない。受け入れることが出来ていないからなのか、薄情な人間だからなのか。涙を流す=悲しむ行為の最上級ではないかもしれないけれど、それでも泣きたかった。やしろ元教頭がラジオで涙を堪えながら「あいつのことだからきっと酒でも呑んでるくらいの感じだったんだよ」と吐露した時、一緒に泣けたら良かった。「NOW ON AIR」が流れる前にラジオを切った。

 

好き勝手言う奴等が嫌だった。陰謀論は論外として、「あの歌詞が示唆していた」とか「最後の曲に込められた意味は」とか、そんな「考察」を持ち込まないでほしかった。あと、これは自己矛盾している部分が大いにあるが、ハロオタとジャニオタの反応が嫌だった。「泡沫サタデーナイト」「ソラシド」「光の方へ」「Joy!!」。どれもいい曲だ。でも、それらが「米咲さんの残した音楽のすべて」と認識されるのが癪だった。赤い公園も聴けよ、と憤った。俺だって、立川のライブハウスから真剣に追いかけてきた人たちに比べたら、大して聴いていないのに。それと、「Joy!!」の歌詞を引用して、ほんの一瞬だけ「好きでしたよ」というふりをして、その翌日から一切彼女の話が出なくなるのを目にして、SMAPファンが嫌いになった。八つ当たりでしかない。

 

「貴重な才能が失われた。日本音楽界の大きな損失だ」という見方も大嫌いだった。人を人として見ておらず、「人材」という観点で捉えているような気がしたから。俺はそういうマクロな捉え方が嫌いなんだな、と自覚した。

 

でも、芸能人の訃報なんてそんなもんだ。思い入れによって受け止め方は違う。俺も田村正和さんのことはほぼ知らなかったから反応しなかったし、三浦春馬さんも一報にショックを受けたけどそれっきりだ。そんなもんだよ。身内が亡くなるのだって、他人からしたら無関係。人の死に優劣はないが、その死に対するショックの度合には優劣がある。そんな当たり前のことを知った。

 

 

16時40分。そんなこんなで、受け入れないまま中野に着いた。いつも来ている場所なのに、地に足がつかない感覚がする。米咲さんがいない赤い公園をどう受け止めるのだろう。今日まで半年間一聴もしてこなかった赤い公園の音楽は身体に入ってくるのだろうか。米咲さんの死を、現実として捉え、先に進むことができるのだろうか。

 

いまはまだ、わからない。

 

 

 

 

*****

 

 

natalie.mu

 

 

りんりんらんらーーーん!

 

届いたよ、音楽。届いたよ、魂。

 

この日、この時、この場所で。赤い公園の最後を見届けることができてよかった。ただただ、幸せな気持ちでいっぱいです。満たされています。

 

寂しさはきっと後から追いかけてくるのだろう。けど、今の率直な気持ちを連ねると、寂しくない。楽しかった!やり切った!見届けた!というポジティブなものばかりで。脳がHAPPYとLOVEで満たされているうちに書き切ろう。

 

ライブが始まった瞬間、隣の人がビクッと身体を震わせるほどの爆音が鳴った。音の高低差で鼓膜がビリビリ震え、心も震えていた。ずっと拒絶してきた赤い公園の音楽をデカい音で浴び、心がびっくりしたのかもしれない。一音目から涙が止まらなかった。「ランドリー」。俺が赤い公園に出会った曲だ。米咲さんはいない。でも、魂を継承した小出さんがいる。ひかりさんがいる。歌川さんがいる。理子ちゃんがいる。4人の赤い公園の音が爆音で鳴っていた。たまらなく嬉しくて、悲しかった。

 

序盤3曲はずっと泣いていた。「消えない」のイントロを小出さんが掻き鳴らした瞬間たまっていたものが決壊した。なんで、なんでだよ、こんなところで消えない消さないって言ったじゃんかよ。でも、聴けて嬉しかった。音が鳴ってるだけで、それでいい。「ジャンキー」、やっぱり理子ちゃんはスターだ。ギラギラ燃えるような眼で歌う彼女に釘付けになりながら、結局泣いた。この辺で涙は流し尽くしてしまった。「Mutant」で踊っているうちに、悲しみよりも喜びが勝っていた。

 

「紺に花」ではキーボードの堀向さんが颯爽と現れ、世界が一気に煌びやかになった。みんなで手をひらひらさせるのが楽しかった。次はキダ先輩がぬるっと登場し、6人編成での「Canvas」。華やかだった。何度聞いても心がぽかぽかする曲だなあと思った。『純情ランドセル』は『猛烈リトミック』や『ランドリーで漂白を』と同じくらい熱心に聴いていたアルバムなので、懐かしくなった。

 

小出さんがバイトで中抜けするという面白展開でひかりさんらがゆるゆるとMCをする中、理子ちゃんの口から出た「次行きますよ、お姉様!」という言葉がとても素敵だなあと思った。立川のお姉様方に囲まれ、理子ちゃんもすっかり顔付きがギャルになっていた。本人もそう感じていると言っていたが、端から見ても3人は良い関係性。上品さと反骨心を両方持ち合わせた魅力的な方になったなあ。

 

こっからはただただライブ楽しいモードに。「絶対的な関係」からの「絶対零度」は何度聴いてもトぶ。「ショートホープ」はディープでクール。ひかりさんのベースが渋くて大好物。キダ先輩のコーラスもええなあ。堀向さんの飛び道具可愛いかよ。「風が知ってる」は理子ちゃんが一番最初に歌った曲だから感慨深いし、あの時の何倍も歌をモノにしていた。轟音の中で伸びやかに祈りを捧げるように歌う姿は美しかった。

 

「透明」。キダ先輩のギターがドッドッと鳴り続ける心音のようで、力強く弦を叩きつける様はいまも目と耳にこびりついている。「交信」。いつ聞いても新鮮だなあ。軽やかでかわいい。本当に宇宙人と交信できそう。「pray」。実は初めて聞いた。『オレンジ/pray』のシングルはどうしても開封できなかったから。知らない曲だなあと思ったけど途中の歌詞で曲名と一致した。美しいうた(歌/詩)だなあ、とただただ感心した。込められた祈りが、理子ちゃんの声帯を通して、聴衆に受け継がれる。

 

MCで3人の口からついに「米咲さんがいなくなって」という言葉を聞いた。聞いてしまった。そうか、そうだよね、と思った。もっと感情があふれ出すかと思ったけど、意外とそうでもなかった。ただ事実を事実として認識していたというか。でも、その後のひかりさんのMCを聞いて、霊感は決して強い方ではないけれど、ソーシャルディスタンスで空いた席のどこかに米咲さんはいるのだろうなあと本気で思った。信じた、という方が正確かな。隣の席を見たら、石野画伯が書いたヤベー絵が目に入ってきてほっこりした。

 

「ダサい」とお姉様方に笑われながらも、理子ちゃん命名で決定したアコースティックユニット”さんこいち”で「衛星」「Highway Cabriolet」「Yo-Ho」が披露された。もうデビューしちゃえばいいのに。器用なうたこすのギター、キーボードの音色も、ひかりさんのシンセも、打ち込みのどっしりとしたリズムも、理子ちゃんのポップな歌声も、全部全部愛おしくて、この時間が永遠になればいいのにって本気で思った。白田トミ子もステージ上で微笑んでいるような気がした。惜しむらくは「Yo-Ho」のコール&レスポンスができなかったこと。「ナンバーシックス」の「ひ~ろ~いっ」もだけど、最後に叫びたかったなあ。心ではもちろん叫んでいた。ひかりさんの話を最後まで拾えず反省する理子ちゃんも可愛かった。ひかりさんのネジの飛び方も大好き。

 

ツインギターでの欲張りメドレーコーナー。思い出の曲がたっくさん。『公園デビュー』の「今更」「のぞき穴」。初めて耳にしたときの衝撃が蘇ってきた。念願の「西東京」。広島出身の理子ちゃんが歌うエモさ。名実ともに立川の女になったんだなって。〈ほんでもってだいたい友達〉のアホさ具合が本当に好き。「ナンバーシックス」~~~かわいいよお~~~~歌川さんのカウベルが何年経ってもキュートなのよ。「闇夜に提灯」!やっぱりアップビートはアガりますね。超HAPPY。

そしてついにラストスパート。「KOIKI」「NOW ON AIR」の繋ぎはブチ上がる。どちらも寄り添ってくれる歌詞で、これまでずっとお守りにしてきた。この半年聴かない間も、時々ふと口ずさんでしまう歌だった。ずっと身体の内側で鳴っていた。だからそんなに久しぶりって感じはしなかったけれども、やっぱり本物を聴くと断然違う。歌詞もこれまで以上にどっしりと響いたし、後悔しないように全身で受け止めた。希望の曲だ。「yumeutsutsu」!長い髪をぐるんぐるん振り回して音楽にノる理子ちゃんがたまんない。「ジャンキー」や「Mutant」もだが、彼女のアイドル性を活かした振り付けがずっと好きだった。「赤い公園が新しくなった!」と感じたのは、歌や曲もそうだけど、一番は彼女の立ち振る舞いだった。渾身の「行こうぜ!」が身体と心の一番奥までちゃんと届いた。

 

「夜の公園」。特別な曲なので最後に聴けて嬉しい。小出さんの持ち味が効いたアレンジが素晴らしかった。大サビへのブリッジに「どうしよう」っぽさを感じた。ステージ前面の赤い台に腰かけて歌う理子ちゃんと、彼女を後ろからバックアップするお姉様方(と小出おじさん)の画が映えていた。ライティングも美しくて、曲と相まって瑞々しかった。これがヒットチャートに入らないなんてありえないと思った。恋愛ソング特集の第1位に常にランクインしてもいいくらいなのに。

 

最後の挨拶、締まりは悪かったけれど、ひかりさんのMCがすごく響いた。

 

でも米咲がいなくなっちゃった。たぶん、彼女はすごく私たちに対して心配性だったから、車で先にピューンって向こうの世界に下見しに行ってるんだろうなって。そんな気がします。私たちはこっちの世界のすごく楽しいこと、ワクワクすることをいっぱい見つけて、向こうでまた一緒に音楽ができたらと思っています。100年後、ここにいる人たちはみんないないと思うから、好きなようにおいしいごはんを食べて、いっぱい遊んで。生きている人たちは物語のページをめくることができると思っていて。めくることもできるし、書き足すことも燃やしちゃうこともできる。なんでもできると思うし、(石野と歌川を見て)2人もなんでもできるよ。

赤い公園、ラストライブで29曲を届け解散「12年間ありがとうございました!」(ライブレポート / 写真10枚) - 音楽ナタリー

 

 

ひかりさんの世界を見る目がとても素敵で、うらやましくて、見習いたいなと思った。「もうちょい見つけようと思います」という温度感も良いなあ。生きている限りきっとなんでもできる。ワクワクすることをもっともっと見つけていきたい。本当にそう。そしていつか俺も含めみんなで「向こう」にいったら、また4人揃った赤い公園で音を鳴らしてほしいなあ。うたこすの泣きのMCも、凛として言葉を紡ぐ理子ちゃんも良かった。デカすぎる使命を背負ってくれてありがとう。

 

最後の「オレンジ」。小出さんと理子ちゃんが神経を研ぎ澄まして呼吸を合わせ、言葉と音を届けようとする姿に魅入られた。「もう終わってしまう」という寂しさに支配され、純粋には聴けなかった。〈さよなら〉なんて言ってほしくない。もっといてほしい。

 

願いは届き、アンコールもちゃんと設けられていた。「楽しく終わりたいよね!」と笑う理子ちゃんの清々しい表情に泣きそうになる。フロントマンとしての使命を果たさんとする彼女の凛々しさ逞しさに救われる。その後「堀向さんを迎えて何の曲をやるでしょう?」という理子ちゃんのフリから、ひかりさんとお客さんの無言の交信が始まって笑った。私物のフィルムカメラも持ってきて撮ってたし、最後まで自由すぎる。

 

堀向さんとの曲は「KILT OF MANTRA」。かわいい、かわいい!米咲さんが指でちっちゃく指揮を振っている姿を思い出した。この曲でやってたかどうかは覚えてないけれど、千明ちゃんがいたころのライブでよくやってたんです。米咲さんがやらないから代わりにやっちゃった。

 

サポートメンバーからの挨拶。キダ先輩と堀向さんの「赤い公園が大好きです!」というシンプルなメッセージに痺れた。そして小出さんの「伝説のMC」。チャットモンチーの時と同じく、「絶対バンド辞めねえからな!」と。ベボベはまた盟友を見送って先に進み続ける。大変だし、背負いすぎないでほしいと少し心配してしまうけれど、小出さんならきっと大丈夫、と信じる。「魂や精神は脈々と引き継がれていく」って、小出さんがいうと説得力が違う。ここにいた観客たちと、画面越しに見送ったみんなが、赤い公園というバンドがいたんだって記憶を引き連れて生きていくよ。

 

 

全員での「黄色い花」。会場一体となって手を振るサビ、多幸感とはこのこと。金テープもキャッチできた。金だけど、〈しあわせは必ず黄色で出来てる〉という歌詞と相まって会場全体が黄色になったような。米咲さんワークスの中でもすんごく優しい歌詞だよなあ、と噛みしめた。「小さな世界で些細なしあわせを掴みたい」というテーマは「KOIKI」や「NOW ON AIR」など、米咲さん曲に通底している気がする。彼女の祈りが随所に込められている。

 

 

そしてついにラストナンバー。「凜々爛々」、マイアンセム。米咲さんがステージ上をはしゃぎ回っている姿が見えたり見えなかったり。彼女の代わりに、メンバー達の元へ走り回る理子ちゃん。眩しくて美しい、かけがえのない光景。ライブアレンジも聞き納めかと思うと寂しいな。各々渾身のソロ。理子ちゃんの突き抜けるような歌声。踊り狂い、掌を高くかざしながらも、これで終わりなのかという寂しさは当然あって、そのバランスを保つのが大変だった。楽しみたいけど、寂しさは紛らわせない、だけど楽しみたい。楽しみたい気持ちを何とか勝たせ、最後の一音まで聞き漏らすまいと全身全霊で音を受けた。目にも焼き付けたかった。息を止めた。最後の最後まで、赤い公園はカッコよかった。

 

小出さんがひとり捌けた後、赤い台に3人がギチギチになって立ち、マイクなしで「ありがとうございました!」と叫んだ。声が揃ってなかったのも、頭を上げた時にうたこすが台から落っこちかけたのも、お茶目でかわいくて愛おしくて。米咲さん、千明ちゃんも含め、赤い公園が大好きだ。「じゃあ、解散で!」と、まるで平時の打ち上げ後のような軽いノリでさっぱりと舞台を後にする理子ちゃんとお姉様方。も~そういうとこまで後腐れなくそうとしてくれちゃって。かっこいいね。ありがとう。BIG LOVEだ。

 

 

うたこすの、時に熱く、時にシリアスに、時にキュートに空間を彩る多重人格なプレイングスタイルが大好き。ひかりさんの、普段のノリからは想像できない骨太で渋くてゴリッゴリに歪んだベースが大好き。米咲さんの、メロディックで自由で脱力していて子どものようにはしゃぎ回るギターが大好き。理子ちゃんの、赤い公園のでっかい使命を担ぎ、米咲さんの音楽を祈るように届ける凛とした歌声が大好き(そして、理子ちゃんにバトンを渡した天才・千明ちゃんのバカ上手い歌声も忘れたくない。大好き)。4人が交わったときに生まれる世界、赤い公園にしか作ることのできない唯一無二の世界が大好き。立川のギャル達のお茶目で愛おしい関係性も大大大好き。今日のことは心の引き出しの一番大事な場所に入れて、これからもずっと愛していきます。

 

 

楽家って素敵な職業だなあってふと思った。肉体がこの世から消失しても、魂が詞や音に宿り、後世に残り続ける。例え赤い公園が解散しても、赤い公園の音楽を知る人たちの生活の中で、鳴り続ける。「ロックンロールは鳴り止まないっ」とはそういうことなんだ。実際には鳴っていなくても、身体の内側で鳴り続ける。

 

米咲さんが亡くなったとき、「人が死んでも音楽は残るから」って言葉を受け止められなかった。意味はわかるけど、わからなかった。だって、音楽が残っても米咲さんがいなきゃしょうがないじゃん。その気持ちはまだ拭い去れていないけど、ラストライブを終えた今は、その言葉の意味を理解できた気がする。もっと踏み込んでいえば、「たとえその人の肉体が死んでも、音楽と共にその人の魂は残る(生きてる)」って意味なんだろうなと。「そう納得しようとした」という意図はなく、純粋に納得することができた。

 

米咲さんの言葉と音はこれからもずっと鳴り続けるし、鳴り止まない。大事な楽曲たちが、もっともっと大切なものになった。これからもこの音を、自分の内側で再生し続けたい。言葉たちを御守りのように持って生きていたい。そしていつか時が過ぎて、俺もあっちの世界に行くことになった時は、KOIKIな音楽をまた聴かせてほしいなあ。

 

 

 

翌朝、この半年間封印してきた赤い公園の音楽を思いっきり再生した。生活に馴染んで、言葉と音が身体にたくさん入ってきた。勇気をもらって、思い切ってある二つのことを実行した。この場で具体的に書くことではない。でも、どちらもうまくいった。嬉しかった。些細な幸せを手繰り寄せながら、このどうしようもない日常を生きていこう。そう思った。

 

 

 

 

*****

 

最後に、この記事に関する話を少し。

 

僕は「物書き」を名乗れるほど上手く文章を書けないし、学習速度も遅い人間だからほんのちょっとずつしか成長できていない、拙い書き手です。でも、そんな僕でも書く上で大事にしたいことがあって、そのうちのひとつは「嘘の気持ちを書かない」ことです。しかし、純度100%の「本当」を出すことは、プライバシーの観点や、記事のまとまり、他人を無闇に傷つけたくないといった様々な理由から、難しいと思っています。僕のほぼ全ての記事に「脚色」が入っています。だから、先述のポリシーは「可能な限り本当の気持ちを書く」といった方が正確です。

 

ですが、今回は「可能な限り」をほとんど取っ払って、純度97%くらいの気持ちを書きました。特にライブ前のパートはいつもより感傷的で、読む人を傷つける可能性があると思ってます。でも、そこで気を遣って変に曲げたら書けないと思い、そのままを出しました。もし嫌な気持ちになった方がいたらごめんなさい。小さいブログのくせに何気にしてんだと思われるかもしれませんが、ひとりでも読んでくれる人がいると知っているから、しっかり書いておきたいと思いました。

 

ちなみにこのような感傷的な気持ちは、noteや日記に落とし、はてなブログの方では触れないように努めてきました。でも、赤い公園の解散の報があったとき、ライブ終演後に書くことを決めました。自分が一番大事にしている場所で、大事なことを書かないのもそれはまた「嘘」だと思ったからです。別にこれは読み手がどうとかではなく、個人的な思いです。このブログは何より自分の場所なので。

 

 

津野米咲さんが亡くなったことは、僕の人生において一番と言ってもいいほど大きな事件でしたし、これからも長らく傷として残り続けると思います。悲しくて、受け入れ難いです。米咲さん及び赤い公園は僕の一番ではなかったし、「観に行けたら行きたい」枠ではありましたが、「ふとした時に連絡したい友達」のような距離感で僕の人生を併走してくれているバンドという感覚でした。だからすごく大切な存在でしたし、節目節目にライブに行っていました。佐藤千明ちゃん在籍時も5回くらい遊びに行きましたし、石野理子ちゃんがボーカルと発表されてからはより身近で親密になったような気がして、『消えない - EP』と『THE PARK』にはたくさん元気をもらいました。理子ちゃん加入1年後の「FUYU TOUR 2019 "Yo-Ho"」EX THEATER ROPPONGI公演では、初めて赤い公園を知った時と同じかそれ以上の衝撃を覚え、これまでより入れ込むようになりました。理子ちゃんがお姉様方の影響をどんどん受けて変わっていくのを見守るのも楽しかったです。米咲さんのゆるい姉御感も大好きでした。

 

バンドのムードがどんどん良い方向に向かっていると思っていたからこそ、米咲さんが突然この世を去ったという事実はあまりにギャップが激しすぎて混乱しました。「ゆるく生きようぜ〜」的なスタンスで生きてると思っていた米咲さんでさえ死を選ぶような世界に価値なんてあるのか?と本気で思いました。色々と無理でした。無理すぎました。

 

ですが、ライブレポートに書いたように、LAST LIVEで赤い公園の音楽を久しぶりに聴いたことや、3人の元気そうな姿を目にしたことで、ああ、米咲さんの魂はちゃんと生きているんだなあと、心の底から思うことができました。肉体は失われても、音楽を再生したり、歌を口ずさんだり、楽器を弾いたり、最低限身体の内側で鳴らすだけでも、彼女の魂と再会することはいくらでもできる。彼女はそこにいる。そう思うことができました。霊感は無いしスピリチュアルな考え方は苦手ですが、スッと腑に落ちる感覚がありました。

 

米咲さんがこの世にもういないという事実は辛いです。でも、決してこの世界から完全に消失してしまったわけではないんだよ、という見方に僕は救われましたし、そう信じてこれからも生きていきたいと思います。

 

ご冥福は祈りません。あの定型文はなんだか押しつけがましいから。あっちの世界で酒飲みながら好きな音楽かけて、時々こっちの世界にちょっかいかけるくらいの、ゆるい日常を送っていることを願ってます。米咲さん、またね。

 

 

オレンジ / pray (特典なし)

 

 


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